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安部俊幸さん ありがとうございました。

私は、ギターもピアノも弾けません。でも、音楽を聴くのは好きで、

高校時代から「チューリップ」というグループの大ファンです。

ところが、9月10日に日経新聞の「お悔み欄」に次のような記事が載っていました。また、インターネットで検索すると、朝日、毎日新聞にも載っていました。一番詳しかったのはデイリースポーツで、以下のようなものでした。

「チューリップ」安部俊幸さん死去

「心の旅」「虹とスニーカーの頃」などをヒットさせたニューミュージックの人気バンド「チューリップ」のギタリスト、安部俊幸(あべ・としゆき)さんが7月7日、脳出血のため自宅のあるインドで死去していたことを所属レコード会社が9日、発表した。64歳。福岡市出身。葬儀は故人の強い意志により、現地で、近親者のみの密葬で行った。しのぶ会などは、遺族の意向により行わない。

安部さんはビートルズから多大な影響を受け、1971年、チューリップに参加。72年に上京し「魔法の黄色い靴」でデビューした。85年に脱退し「オールウェイズ」を結成したが活動休止。97年のチューリップ再結成に加わり、2012~13年には40周年の全国ツアーを行った。

ボーカルの財津和夫(66)は「とにかくギターを愛した男でした。彼が20歳の頃に出会って44年の付き合い。青春時代をともに生きてきた大切な友人でした。もう一度ステージで一緒に演奏したいです」と悼んだ。(デイリースポーツより引用)

本当にびっくりしましたし悲しかった。日本人男性の平均寿命は80才ですよね。あまりにも若すぎる。。。また、「チューリップ」のメンバーが、4大新聞の「お悔み欄」に掲載されるとは、ほんとにビックなバンドだったのだと、あらためて思い知らされました。オーバーかもしれませんが、僕の人生の一つのページが閉じられた気がしました。

記事にある40周年ツアーは広島でもあり、もちろん行ってきました。もう2年前の秋のことです。元気そうな安部さんのリードギターもさえており、「秋には行きたい安芸の宮島」と楽しいトークも忘れられません。

私も全く知りませんでしたが、インドに住んでおられたとは、知っている人も少なかったのではないでしょうか。ビートルズのジョージハリスンがインドのシタールというギターに似た弦楽器に傾倒したように、安部さんもシタールを奏でていたようです。

チューリップのリーダー財津さんは約40年前、福岡の博多では、ビートルズのことならコード進行など何でも知っているし、当時でいう、フォークロックのカリスマで、また、「バンド潰しの財津」と呼ばれていたそうです。いろんなバンドから才能のある人を引き抜いて、チューリップに勧誘し、勧誘された人は喜んで財津さんについていき、主力を失った残されたバンドは自然に破滅して行くからです。

安部さんもその一人で、財津さんから声をかけられた日の夜はうれしさと興奮で眠れなかったとコンサートで話されていたのが、昨日のようです。

私は安部さんより10歳ほど年下ですが、「明日は我が身」という諺がひらめきました。もう人生の半分以上は生きてきました。でも、当院に来て下さる患者さんには、私に、もしものことがあってもご迷惑をかけないように電子カルテに患者さんの情報はすとっくしているつもりです。

憧れの財津さんと「チューリップ」で大好きな音楽を仕事としていた安部さん、考え方の違いもあり、「チューリップ」はいったん解散しました。メンバーの入れ替えも多々ありました。でも解散して20年後にはいろいろなわだかまりが取れ、また再結成。全国ツアーが始まりました。(リクエストがあればこのへんの経緯はまた書きます。)

安部さんの悲しい知らせ。「チューリップ」はもう旧メンバーでは会うことはできませんが、安部さんはインドで自由な満足された人生をおくられたことだとだと思います。

悲しいい事実ですし、今の若いお母さん世代は、安部さんのことはご存じないでしょうが、「心の旅」のリードギター担当の人なのです。お悔みが、4大新聞にも取り上げられるとは、返す返す驚きです。

新聞記者も安部さんの世代が多いのかなーと考えている、今日この頃です。

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