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ポールマッカートニー東京公演①

4月25日土曜日の午後は、休診にしてしまい申し訳ありませんでした。
実は念願の東京ドームで行なわれた、ポールマッカートニーさんのチケットを手に入れることができたのです。

今回のコンサートのチケットは、インターネットからの申し込みで、非常に倍率の高いものでした。全体の倍率は2倍くらいだったのですが、特に土曜日の公演はなんと5倍ぐらいだったそうです。抽選に外れた方が多い中、私は抽選に当たり本当に運が良かったなと思います。

ただ、4月4日の土曜日も母校である東京医大卒後30周年記念の同窓会に出席し、午後休診させていただきました。それなのに、また休診しても良いものか、迷いに迷いました。

また、4月20日には広島空港でアシアナ航空機の事故があり、空港が2日間閉鎖され、以後の飛行状況も飛行計器の破損でお天気次第という状況で、「そらみたことか、東京になんか行くんじゃない」という声が聞こえてきました。

ただ、私の憧れの人であり、伝説の人であるポールマッカートニーさんに会えるのは、お互いの年齢を考えてもこれがラストチャンスかもしれない、という思いには勝てず、休診にさせていただきました。

ポールマッカートニーさんには失礼ですが、彼は72歳で、またいつ日本に来てくれるかわかりません。また私も55歳で、いつ何があってもおかしくない年齢です。そこで、本当に迷ったのですが、東京に行くことに決めました。飛行機が飛ばなかったら休診にした罰が当たったと思おうと考えました。

患者のみなさまにはご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。心からお詫び申し上げます。

今回のコンサートに行き、72歳のポールマッカートニーさんがあれだけ頑張っているのだから、私もまだまだ頑張らなければならないなと決意を新たにしましたので、どうかご容赦ください。

ポールマッカートニーさんは、ビートルズ時代と全く同じキーで歌っていたそうです。確かに、ビートルズで歌っていたころよりも声は少しハスキーかなとは思いましたが、それは音符も読めず、何の楽器も弾けない私にはほとんど気にならないレベルのものでした。

今回のコンサートの会場は東京ドームだったのですが、私は初めて足を踏み入れました。実は、今から35年前の19歳の時に私は、茗荷谷駅という後楽園駅と同じ路線の地下鉄丸ノ内線の駅の近くで下宿していました。19歳からの一年間、茗荷谷駅から御茶ノ水駅まで予備校へ通っていたのです。

地下鉄なのに、茗荷谷駅から後楽園駅まで車両基地がある関係か、地上を走っており、その途中にある後楽園球場をいつも見ていました。大学に入学したら、後楽園球場へ野球を見に行きたいと思っていましたが、結局その機会はありませんでした。

後楽園球場はなくなってしまいましたが、今回、東京ドームに初めて行くことができました。東京ドームは、すごく立派でこんな野球場もあるのだなと、びっくりしました。

ポールマッカートニーさんのコンサートは、超満員で5万5千人が入場したそうです。東京は本当に人が多いなと改めて思いながら東京ドームに入ったのですが、なんせ5万5千人の人が入場するので、私も入場に1時間くらいかかりました。

広島では、こんな大規模なコンサートはないと思うのですが、このコンサートは、センター側がステージになっていて、その横も全部観客で埋まっていました。野球の試合をするダイヤモンドの部分にも椅子が並べてあり、本当に5万5千人入っているんだなぁと改めて実感しました。

私の座席は1塁側のスタンド席でした。以前の記事 でも書いたのですが、昨年予定されていた大阪公演に行けなかった優先権があったのかもしれませんが、土曜日の一番当たりにくい5倍くらいのチケットを手に入れることができ、とても嬉しかったです。
広島には、サンフレッチェ広島のホームグラウンドに3万人くらいの人が入れますが、ドームというのはありません。私はすっかり度肝を抜かれ、さすが首都東京だなぁと感じました。

長くなってきたので、この続きは②で。

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